「花ざかり」設定資料(その2)
作/苫澤正樹
《登場人物の設定(1)》

・相澤祐一[あいざわ・ゆういち]

 本編の主人公。遠部(おべ)の私立福南学園高校に通う17歳。気はいいが、伝法でいい加減なところもある男。東京都小平市出身。東京生まれの東京育ちであるが、今年(1999年)両親の海外出張により、母の実家である水瀬家へ居候することになった。実は7年前まで冬休みに母の実家である水瀬家へ遊びに来ていたのだが、その際に名雪・あゆ・舞・真琴に対して禍根を残してしまう。ここでは、7年前に捨てられてしまった遺恨を持って変身した妖狐・真琴と出会い、意趣返しを受けながらも惹かれ合う。しかし、殺生石の呪いのために精神を崩壊させて消滅する彼女の姿に自分の罪を思い知り、塗炭の苦しみを味わうことになった。真琴の消滅後、結局真琴を忘れることが出来ず、虚脱状態のまま休日ごとにものみの丘で過ごす暮らしを続けていたが、春休みのある日、電車を乗り過ごしてものみの丘の裏に迷い込んだ際、そこに咲いていた桜の木から放たれる瘴気に当たって気絶してしまう。しかし、それがきっかけで妖狐一族と知り合い、彼らに災いをなす殺生石を砕こうと努力することになる。自宅は連雀町、阿武隈川支流・南森川の川岸にある水瀬家。築15年の普通の家で、叔母の秋子・従姉妹の名雪親子と三人暮らし。

・澤渡真琴(天野観月)[さわたり・まこと(あまの・みづき)]

 祐一の恋人。16歳だが、未就学(ただし、妖狐独自の教育により中学校卒業レベルの知識は持つ)。妖狐の少女で、神職家・天野氏傍系の子孫。両親が早くに他界したため、従兄弟の浦藻の義理の妹になっている。「天野観月」が本名であるが、彼女自身も周りも従来の名を使うことを望んだため使われていない。「あぅー」が口癖で、記憶を失っていたときはやたら子供っぽかったが、記憶を取り戻してからは少し年齢相応の性格になった。もともと族長家系である天野氏と親戚関係にある家の娘であったが、その両親が他界したため、浦藻の許に養女として預けられた。しかし、両親に疎まれ、愛を知らない生活を送ってきたため、浦藻に全く心を開かず、長いこと引きこもっていた。そして7年前、たまたま外の世界に憧れて狐の姿で出た際、怪我をして祐一に飼われることになったものの、結局捨てられてしまう。戻ってきてからは失意の日々を送っていたが、同年代の娘である藤森令が人化したという話を聞き、祐一への仕返しと外の世界への期待から、記憶喪失と精神崩壊のリスクを背負ったままあえて変身、意趣返しを行うものの惹かれ合ってしまい、相思相愛の仲となる。結局運命に逆らえず消滅してしまうが、なぜか霊体になって妖狐一族の許に戻ってきてしまう。しかしこの異常事態が殺生石破壊の可能性を示唆することになり、祐一と共に協力して殺生石の破壊に当たる。自宅は妖狐たちの棲む洞穴で、物見地内にあたる。実の両親と叔父夫婦は真琴が13歳の時に他界し、家族は従兄弟の浦藻以外いない。

・天野浦藻[あまの・うらも]

 妖狐一族の第79代目族長。20歳だが、未就学(ただし、妖狐独自の教育により大学卒業レベルの知識を持つ)。神職家・天野氏直系の子孫で、真琴の従兄弟。真琴を養子として預かり、義理の兄弟関係にある。本来、族長になる年齢ではないが、両親が突然他界したため跡継ぎとして若年ながらその職についている。非常に知的で怜悧。妖狐の中で今のところ一番妖力が強く、14世紀の廃絶以来保存してきた物見神社のご神体の祭祀を司る役目を負っている。今回、義妹の真琴が殺生石の呪いにも関わらず戻って来るという異常事態に、殺生石を砕ける人物の出現を察知し、祐一に殺生石破壊を頼み込む。自宅は妖狐たちの棲む洞穴で、物見地内にあたる。両親は16歳の時に他界し、真琴以外に家族はいない。

・水瀬秋子[みなせ・あきこ]

 祐一の叔母。42歳だが、とてもそうには見えない。娘の名雪と同じように天然ボケの傾向があるが、母親だけあってしっかりしている。職業・経歴などに謎が多いとされてきたが、実は夫・滋の跡を継いで、南森市内の寺社の研究と保存に努めている常磐木会の4代目会長を務めており、郷土史研究家として数々の研究書の出版に携わっている。それと共に秘密裏に妖狐たちと連絡を取り合っており、その関係から今回の一件に助力する。ちなみに、「お気に入り」と称する「謎ジャム」の正体は神職家秘伝の飴で、その材料は当主以外に知られてはならないとされている。自宅は祐一に同じ。

・水瀬名雪[みなせ・なゆき]

 本編ヒロインの1人で、祐一の従姉妹・秋子の娘。17歳で、福南学園高校に通う。神職家・水瀬氏傍系の末裔。天然ボケの傾向があり、やたら寝るのが好き。7年前、祐一と別れる当日に約束を忘れられ、心に傷を負ったまま今まで過ごしてきた。祐一と真琴が急速に接近するのを受け入れつつも、7年前の経緯を思い出してもらえないことに複雑な思いを抱いている。自宅は祐一に同じ。

・水瀬滋<故人>[みなせ・しげる]

 祐一の叔父で、名雪の父。神職家・水瀬氏傍系の末裔。郷土史研究家で、常磐木会の3代目会長であった。当主以外に知られてはならない秘伝として神職としての記憶や妖狐の存在を伝えられていた。それによって妖狐たちと密かに接触し、子供たちに勉強を教えることを条件に浦藻から報酬を受けていたが、名雪が3歳になった時にがんに斃れ、急逝した。享年28歳。

・天野美汐[あまの・みしお]

 真琴の親友で、真琴が妖狐であることを看破した少女。16歳で、福南学園高校に通う祐一の後輩。実は神職家・天野氏傍系の末裔で、浦藻・真琴とは40親等以上離れた遠い親戚にあたる(記録によると両家の分岐は11世紀頃と推定されている)。高校1年生とは思えないほど落ち着きがあり、時に「おばさんくさい」などとも言われる(祐一談)。実は郷土史や古代史が趣味で、やたら神社関係に詳しい。真琴のこともあるためいろいろと助力をする。自宅は神職家ゆかりの橋場町、南森川と鏡川の交わる辺り。大きな蔵のある旧家で、両親と三人暮らしである。

・月宮あゆ[つきみや・あゆ]

 本編ヒロインの1人。17歳だが、実質的に休学中。神職家・月宮氏傍系の末裔。「うぐぅ」が口癖で、小学生のように子供っぽい。7年前祐一と知り合うも、木から転落して昏睡状態にあった。今年の1月、祐一の再訪を受け生霊となって彼の前に現れたが、7年前の経緯を思い出してもらえないまま昇天しようとした。しかし、土壇場で神に「祐一と真琴のために働けば生き返らせる」と再度のチャンスをもらう。そうして霊体の状態で地上をさまよううちに妖狐一族の許に迷いこんだところを祐一たちに発見されたことから、祐一と共に殺生石破壊に手を貸す。ものみの丘の東側に当たる寮荘(りょうしょう)の自宅で両親と3人暮らしをしていたが、家庭内不和により7年前に母が蒸発してしまい、交通局で乗合自動車の運転手をしていた父と2人暮らしを余儀なくされていた。しかし、その父も昏睡してから3年後に急死してしまい、唯一残った親戚で治療費を支払っている大叔父も2年前から長患いで自身が入院してしまい、現在は実質的に天涯孤独の状態である。

《舞台の設定(2)》

・ものみの丘

 南森市北部、物見地内にある小高い丘で、近世以前には「物見丘」「物見ノ丘」「物見岡」などと表記された。「妖狐」と呼ばれる物の怪が住むといわれている。市が所有しているが公園化などはされていない。西には旧奥州街道、南には商店街のある雪見町通りを控えるほか、南森市交通局南尾線が南西から北西に向かって走る。登山口は物見町の電停近く、雪見町通りに通じるT字路辺りにあるのみ。しかも入れるのは西側の斜面のみで、東側の斜面は険しくて入れない。西側の斜面は草地で市街地が一望できるが、東側は木が多いため展望は悪い。14世紀中頃まで頂上の東寄りに式内社・物見神社の上社があったが、下野国那須から飛来した殺生石のために廃絶、現在では跡もない。実はこの東側の斜面地下にある洞穴に妖狐たちの住処があり、麓の真名井の電停に近い「真名井の清水」の水場近くにある古井戸が入口になっているが、特殊な結界によりほとんどの人間には見えず、近づく者はほとんどいない。

・物見神社

 ものみの丘の北、物見字真名井に鎮座していた神社。上社と下社があり、上社はものみの丘の東寄りの斜面に、下社は麓の林を抜けた集落の中に一種の遙拝所としてあった。延喜式内社で、『延喜式』神名帳[註1]・陸奥国白河郡條に「物見神社 一座」と記されている。祭神は上社・下社共に味耜高彦根命(あじすきたかひこねののみこと)・日本武尊。摂社[註2]は稲荷神社(祭神は倉稲魂神=うかのみたまのかみ)の1社で、社地は麓の下社と共用であった。末社[註3]は厳島神社(祭神は市杵島比賣命=いちきしまひめのみこと)・水神社(祭神は罔象女神=みずはめのかみ)・神明宮(祭神は天照大神)・須賀神社(祭神は素戔嗚尊=すさのおのみこと)・伊弉諾神社(祭神は伊弉諾尊=いざなぎのみこと)・伊弉冉神社(祭神は伊弉冉尊=いざなみのみこと)・出雲神社(祭神は大己貴命=おおなむじのみこと・須勢理毘賣命=すせりびめのみこと)・八幡神社(祭神は応神天皇)の8社といわれ、上社の社殿裏にあったとみられている。
 社伝によれば創建は人皇第12代・景行天皇の御代、日本武尊が東国を平定せんとして陸奥国にまで達した際、戦勝を願ってのちに「陸奥国一宮」と称される棚倉・近津の都々古別神社を分祀し、その祭神である味耜高彦根命を祀る宮を物見岡(ものみの丘)の北東斜面に創建したのが始まりという。これが上社で、のちに地元の稲荷信仰と習合して下社が出来たと考えられる。社宝は日本武尊が佩(は)いていた十拳剣(とつかのつるぎ)と、日本武尊が持って来た味耜高彦根命の剣・大量剣(おおはかりのつるぎ)の2本の剣。祭祀は人間である水瀬・月宮・倉田の3氏と妖狐である天野・美坂・川澄の3氏によって執り行われていた(ただし、妖狐が関わっていたことは今では伝説とされ、真に受けられていない)。
 7世紀から14世紀まで南森・豊崎両郷を統べる古社として栄えたが、現在(1999年3月)から620年前の康暦元(1379)年に下野国の那須原で玄翁和尚が砕いた殺生石のかけらが飛来、上社の社殿を破壊し炎上させた上、瘴気をもって麓の住民をことごとく殺してしまった。その上、神職家一同が自分の命を引き替えにこれを封じるという荒技に出たため、神職家も天野氏を残して当主が消滅してしまい、家系が断絶してしまった。このことで祭祀の継続が難しくなり、廃絶に至ってしまう(ただし、表向きの廃絶理由は不明とされ、「疫病が原因ではないか」と推測されているにすぎない)。上社は結局再興する人間のいないままに捨ておかれ、近世には既に跡形もない状態になってしまった。また下社と摂社・稲荷神社は殺生石の直撃を免れたものの、祭祀集団である妖狐一族や以前の住人を失ったことで「式内社」という認識がされなくなってしまい、時代を追うごとに衰微して行った。現在では、市の所有する荒れ地の中に小祠として残っているに過ぎない。末社は水神社のみ水場の近くに再興されたが、もはや「式内社の末社」としての意識はない。現在、僅かにご神体が残り、妖狐一族の許で保管されている。

・妖狐一族

 ものみの丘の北側の斜面に人知れず住む物の怪。沢渡真琴もこの一族。狐のうち妖力の著しいものを指し、様々な術が使える。普段は狐の姿で過ごしているため人間と話すことは出来ないが、変身の術によって人間に化けることで人間と話すことが出来るようになる。人間を敵と見なす物の怪の多い中で、珍しく人間との友好を結ぶことを好み、上代から変身して人の間に交わっていた。また、穀神を信仰していたことが稲荷信仰へと発展した結果、神道に帰依して祭祀氏族としての性格を持つようになり、物見神社をはじめ一時は南森・中崎両郷のほとんどの神社に神職を派遣していたこともあった。しかし、14世紀の終わり頃、那須から飛来した殺生石のかけらの邪悪な力を封印する際に一族全体の妖力を支えていた神職家の当主のほとんどを失い、弱体化したところに呪いをかけられてしまい、変身するものはことごとく記憶を消され、一定時間を経ると精神が崩壊して消え去るという運命を背負うようになってしまった。このために当時変身していた一族はことごとく消滅、さらには物見神社も廃絶してしまう。そして妖狐一族は変身能力を奪われ、限られた人間と霊体になることでしか話せなくなるという屈辱的な仕打ちを強いられる羽目になる(なお、「妖狐=厄災の象徴」という俗説もこの長い年月の間に生じた)。これ以来、一族全体の妖力も殺生石のために年々減少して行く上、外に出てもコミュニケーションがとれないため助けを求めることも難しく、さらに助けを求めても殺生石を砕けるほどの力を持った人間がいない、というまさに八方ふさがりな状況に追い込まれたまま既に620年の時を経て来ていた。年々数が減り続け、現状では3人しかおらず絶滅寸前である。

・殺生石

 能などでもあまりにも有名な、九尾の狐の変化した岩。九尾の狐が完全に成仏した後も、そこに残った恨みがひとり意志をもっている。康暦元(1379)年、下野国の那須原で瘴気を吐いているところを玄翁和尚に叩き割られ、その際にそのかけらがものみの丘に飛来し、物見神社上社の社殿を破壊すると共に炎上させた。しかもその後もその場に留まって瘴気を吐き続けて麓の住民をことごとく殺した上、妖狐一族に呪いをかけて彼らに悲惨な運命を強いるようになる。その妖力は強大で、妖狐一族の族長でも打ち勝つことが出来ない。また、瘴気によって妖狐はおろか人間にも害を及ぼすが、妖狐たちの必死の努力によって外界には何とか漏れないまま620年を過ごしてきた。しかし、飛来から620年を数える今年(1999年春)、にわかに活動を激しくし始め、物見神社の神職家の面々に対し妖しい色を放つ桜の木の幻影を見せて惑わすと共に、抹殺のため彼らを密かに不幸へ追いこみ、呪い殺そうとした。


[コメント]

《登場人物の設定》

 今回から、やっと登場人物の設定を公開することが出来るようになりました。まだ話自体が伏線のようなもののため、下手に登場人物の設定を出してしまうとねたばれになる可能性が大の前回と比べ、今回は本文でもかなりの部分の設定を出しておりますので、思い切って公開に踏み切ります(ただし、一部まだねたばれに抵触するので、隠している場所はあるのですが)。
 基本的に、既存のキャラクターの性格などにはほとんど手が加わっていません。ただ、真琴だけは「本当は秀才だったのが、記憶を失ったせいで子供っぽくなりすぎていた」という設定にしてあります。別に他意はないのですが、何となくその方が作品の雰囲気に合うような気がしたので……。
 あと、美汐を古代史好き、という設定にしていますが、これは本文のあとがきでも書いた通り、この作品の核となる話を説明する上で、どうしても必要となる神社関係の知識について解説するために、美汐を解説役として立てようという考えからです。もっとも、美汐はその性格上、歴史や伝統文化など、いってみれば「渋い」ものが似合いそうな感じですので、それでなくてもこういう風にしていたかも知れません。実際、違和感が全くありませんし。
 それと、秋子さんの職業についても少し悩みました。秋子さんが妖狐一族とのつながりを持っている、という案は、祐一たちと妖狐たちとの遭遇をドラマチックにさせるために一番に考えついたものだったのですが、肝心の職業の方はなかなか思いつきませんでした。いや、職業自体はかなり早く思いついたのですが、名雪や祐一に隠していた理由が問題になりまして……。結局、政治セクトに狙われて、家族に累が及ぶのを恐れたから、という何ともきなくさい話になってしまいました。もっともこんな発想になったのも、私が通っていた大学内にこういった政治セクトの類がまだいて、学生に大いなる迷惑をかけているせいもあるのですが。
 それで、一番悩んだのがやっぱりあゆでした。少しねたをばらせば、これから先、この作品では少しずつヒロイン陣を小出しにしてゆきます。あゆはその一番最初を飾る存在として、また祐一に殺生石破壊を押し進めさせる原動力の一つとして、あえて祐一に「自分は死にかけているんだ」と過去の記憶を思い出させるような格好で登場してもらおうと思ったのです。
 しかし、そうなると問題は登場のタイミングでして……。当初はあらかじめ秋子さんや妖狐たちと顔を合わせていたという設定にしてあったのですが、こうなると妖狐についての説明の前に、祐一が衝撃をうけるイベントが来てしまって都合が悪くなってしまいました。そこで、今のようにあとで入ってきた、という設定にしたわけです。本当のことを言えば、分けてしまうのがよかったかも知れませんが、そうなると話全体が説明で埋まってしまうような形でいかにも都合が悪いので、あえてこうしてみました。
 あとは、オリジナルキャラでしょうか。故人である名雪の親父さん・水瀬滋を除けば、今のところ真琴の義理の兄で族長の天野浦藻しか出てきていませんが。彼については特にモデルはなく、とにかくまじめに神職としての勤めをこなす一方で、若年ながら人の奥深さを知り、含蓄のある言葉なども言える青年、というイメージで書いています。私の中では基本的に普通の青年、という感じですが、場合によっては、かなり年寄りくさく見える可能性もあるかもしれません。まあ、作者自身がかなり年寄りくさい性格をしているので、その辺は仕方ないかも知れませんが。

《舞台の設定》

・ものみの丘

 これに関しては、前回地図などでも示した通りですし、またその他の設定も下の設定に追随して決められているにすぎないので、単独で特にコメントすることはありません。
 ただ、登り口の位置に関しては工夫しました。本編の方で「商店街を抜けたところにある」という記述がありましたので、とりあえず商店街=雪見町通りの北の先の方にある、という設定を考えました。東側が崖なので登れない、という設定は、妖狐たちの巣穴から人を遠ざけておきたいための処置です。もし登れるようなら、それだけ人が来て発見されていてもおかしくないわけなので。
 また、「真名井の清水」は『古事記』『日本書紀』で出てくる「天の真名井」という神聖な井戸の名から取りました。神社がらみの話が繰り広げられる舞台にはぴったりかと思います。なお、同名の清水は出雲大社の近くや福井県小浜市にもあります。

・物見神社,妖狐一族,殺生石

 前回の「南森市交通局南尾線」に続き、今回も設定で趣味に走らせて頂きました。
 要は神社です。もともと郷土史方面でかなりなじみが深かったのですが、大学に入って上代文学を専門にするようになって、『古事記』や『日本書紀』などの上代文献に親しむようになったせいで、今では鉄道と並び私の趣味の中で一番マニアックなものの一つになっています。
 元々この作品を考えるにあたり、「狐」=「お稲荷さんの使い」というイメージから、「妖狐をそういった存在にしてみてはどうか」と考えていたのです。しかし、そうなると人化を禁じて記憶や命まで奪うほどの理由がない……。そう考えた時、思いついたのが、殺生石によって廃絶した式内社、というものだったのです。
 本来の「Kanon」本編での妖狐についての書かれ方から言えば、ただの物の怪、という設定でもよかったかと思うのですが、個人的にはそれではもったいないな、という感じがしたもので……。せっかくなら妖狐の真琴も書きたいですし、また彼女を取り巻いている妖狐の仲間たちも書いてみたかったですから、こんな「人化出来ないのは妖狐たちのせいではない」という、かなり好意的な解釈にしてみたのです。
 それと、殺生石の呪いの内容については、本編との矛盾をなくしたり、また620年も助けを求められないような状況にするために、かなり複雑にしてあります。しかも、霊体の状態で人には触れないのに物には触れるなど、かなり都合のよいように設定してありますが、その辺はどうかご勘弁を。
 あと殺生石ですが、これはもう何で出てきたかはお分かりかと思います。要は「九尾の狐」からの連想です。ただここの場合は九尾自身ではなくその怨念が暴走したもの、という設定にしてありますが、これは能の「殺生石」やその他の伝説などで、九尾の狐が成仏したという結末になっているのを踏まえたものです。なお、都合のいいことに、ものみの丘の妖狐はこういう「九尾の狐」とは系統が異なることになっています。
 それと……お気づきになったかと思いますが、霊体状態での妖狐たちは狐耳としっぽがついてます。本文の方ではさらっと流してしまっていますし、祐一たちも特に気にしていませんが、はっきり言ってかなり私の願望が入っております(笑)。やっぱり真琴も「狐娘」である以上、やはり耳やしっぽがついている姿を見たいというのは人情ですからね(笑)。


[用語解説]

[註1]『延喜式』神名帳

 『延喜式』は平安時代中期の律令の施行規則で、延喜5(905)年に編纂の勅が出たことからこの名がある(実際の撰上は22年後、施行はさらに40年後)。「神名帳」はその中で巻9・10にあたる「神名式」の部分をさす俗称で、毎年行われる祈年祭(としごいのまつり)の際、幣(ぬさ)を捧げる神社の名前を国郡別に記したものである。その詳しさから、古くより神社の研究資料として盛んに使われている。なお、この神名帳に記載されている神社を「式内社」、記載されていない神社を「式外社」といい、一種の格式を示す言葉としても使われている。なお、「物見神社」は架空の式内社である。

[註2]摂社

 神社の境内・境外に、その神社に付属する形、もしくはその神社の管理に預かる形で鎮座し、なおかつその神社と深いつながりを持つ神を祀った神社。神社によってないものとあるものがある。ちなみに、ここで稲荷神社が物見神社の摂社とされるのは、妖狐たちがこの稲荷神社を祀っていたためである。

[註3]末社

 神社の境内に、その神社に付属する形で祀られている小さな神社。多くは有名な神社(皇太神宮・神明宮・八幡宮・稲荷社・八坂社など)を分祀したものであるが、中には合祀させられた際に末社になったもの(明治の神社統合政策で合祀させられたものに多い)や、土地神や水神など、民間信仰に近い神を祀ったものもある。


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